東京高等裁判所 昭和27年(ネ)28号 判決
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人にたいし、東京都新宿区番衆町一二七番地の一〇〇、宅地九十九坪二合五勺につき、建物所有の目的をもつて、地代一ケ月金百円毎月末日支払い、期限の定なき賃借権の存することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、
(一) 本件土地は新宿区番衆町一二七番の一〇〇、宅地九十九坪二合五勺の一筆の土地全部である。控訴人から訴外坂本千代にたいする土地賃借権の譲渡についてはいまだ土地引渡及び譲渡代金の授受はなかつた、本件地上の罹災建物につき登記はあつたが、その登記簿は戦災により焼失した。
(二) 罹災都市借地借家臨時処理法第四条には、「前条の規定により賃借権が譲渡された場合にはその譲渡について賃貸人の承諾があつたものとみなす、この場合には譲受人は譲渡を受けたことを直ちに賃貸人に通知しなければならない。」と規定し、さらに同法第三条末段には、「この場合には前条第一項但書及び第二項ないし第四項の規定を準用する。」と規定する、これらの規定を綜合するに、同法第二条第一項但書の準用はしばらく措き、その他の部分の準用は賃貸人の権利を保護し、同法第三条により賃借権の譲渡があつたとしても、賃貸人は同条の準用する第二条第三項の規定によりその譲渡に承諾を与えざるはもちろん、賃借権を否認し、自己の使用権を確立することができるものとなすことがうかがわれる。このことからすれば、同法第四条に「賃貸人の承諾があつたものとみなす、」ということは無条件にかかる擬制的効力を生ずるものではないと解さなければならない、換言すれば、譲受人が同法第四条により直ちに譲受の通知をなし、三週間の期間内に賃貸人がなんらの意思表示をしないか、または譲渡を承諾せず、賃借権を否認する旨の意思表示をしてもそれが正当事由にもとずかない場合においてのみ第四条の擬制的効力を生ずるものというべきものにして、賃借権の譲渡の効力はこの条件を法定の停止条件とするものと解すべきである。もし原判決のごとく、同法第四条が「承諾があつたものとみなす」ということを無条件にかかる擬制的効力を生ずるものとせば、同条が「前条の規定により」といい、その前条たる第三条が第二条第二、三項を準用することを無意義に帰せしめる結果となるであらう。されば本件において控訴人と訴外坂本間に賃借権譲渡の契約がなされたけれどもこれを賃貸人に通知しないことにより、この譲渡契約はその効力を生じなかつたものといわねばならない。しかして右両者間における法定の停止条件附譲渡契約は合意をもつてこれを解除し絶対的にその効力を生ずることなからしめる結果となつたものというべきである。叙上の事実及び理由により控訴人は戦災当時から継続して賃借権を有するものなるが故に処理法第一〇条により賃借権の登記またはこの土地に登記ある建物を有しないでも、この賃借権は被控訴人に対抗しうるものといわねばならない。
(三) 控訴人は、本件土地の賃貸借契約は、控訴人が地代の支払を怠つたときは被控訴人においてなんらの催告を要しないで、契約を解除しうる旨の特約条項は例文にすぎないと主張するものであるが、仮に右特約が契約の内容であり、控訴人が訴外田中国三郎にたいし地代を怠納したとしても、田中からその賃貸人たる期間中なんら契約解除の意思表示を受けていないのみならず田中は控訴代理人から本件土地の賃料を支払つた際、異議なくこれを受領したからたとえ田中がこれを後日返却しても右弁済の効力を滅却せず、ただこの返却のことは地代受領の拒絶として債権者の受領遅滞の効果を生ずるに過ぎない。つぎに被控訴人はつとに控訴人の賃借権を否定していることは明らかで、その態度は地代の弁済を提供しても、これを受領しないという表明であるから、これまた債権者遅滞にほかならず、控訴人は特約による遅滞の責をまぬかれ、被控訴人の契約解除権を生じないことも明白である、よつて控訴人の賃借権は現存すると述べ、
被控訴代理人において、
(一) 控訴代理人は本件賃借権の譲渡は処理法、第四条、第三条、第二条第三項の規定により、賃借権の譲渡不承諾が賃貸人の正当事由にもとずかないことを停止条件とするものであると主張するか、然らず、同法第四条により発生したる賃借権譲渡の効力は、もし、土地所有者が自己使用の必要その他譲渡拒絶の正当理由が確認されたときはじめてその効力を失うもので、しいて条件といわんとせば、右は解除条件に類する性質のものである。以上の見解にもとずけば、控訴人から訴外坂本千代にたいする本件賃借権の譲渡は有効であるから、控訴人は同法第一〇条にいう「引続き借地権を有したる者」に該当せず、同条に規定する保護に値しないものである。
(二) 控訴代理人遠藤清四郎が昭和二三年二月二五日訴外田中国三郎にたいし、本件土地の賃料として金七百円を預けたので、田中は預り証を交付したが、後日控訴人に同金円を返却した事実は認める、しかしこれは有効な賃料の支払とはいえないから、このために本件賃借権が有効に存続するものとは考えられない、訴外田中は昭和二三年一月一四日すでに訴外竹内茂代に本件土地を売却し、土地の所有者ではないから同人と本件土地の賃貸借に関する交渉をしてもなんら法律上の効力を生じない、また控訴人の被控訴人にたいする賃料の弁済供託は現実に弁済の提供をなさずして供託したものであるから、なんら免責の効なきものであると述べ、
以上のほかはすべて原判決事実らん記載のとおりであるからここにこれを引用する。
三、理 由
当裁判所はつぎに附加するほか、原判決理由に説明のとおり控訴人の本訴請求は理由なく、これを棄却すべきものと判断するから原判決理由をここに引用する。
(一) 控訴人の主張によれば、訴外坂本千代は本件賃借地の罹災建物の借家人であつたというのであるから、控訴人から同訴外人にたいする本件賃借権の譲渡はこの譲渡が坂本の優先譲渡の申出によるものでなかつたにせよ、罹災都市借地借家臨時処理法第三条にもとずく賃借権の優先譲渡と見て差支えない。したがつてこの譲渡には同法第三条、第二条第一項但書、第二項ないし第四項、第四条の適用または準用があるわけである。ところで控訴人は第四条、第二条第三項の規定により、本件賃借権の譲渡はその旨を譲受人から賃貸人に通知した後、三週間以内に賃貸人からなんの意思表示もないが、賃貸人の正当事由にもとずく譲渡の承諾拒絶がないことを法定の停止条件とするものであるところ、譲受人坂本千代は訴外田中国三郎から土地の譲渡を受けて賃貸人の地位を承継した訴外竹内茂代に譲受の通知をしなかつたから賃借権譲渡の効力は生じなかつたものであると主張する、しかし処理法第二条第三項を第三条に準用する場合は、第二条第三項に、「土地所有者」とあるを、「借地権者」と読みかえて「借地権者はヽヽヽヽヽ罹災建物の借家人からの借地権の優先譲渡の申出を拒絶することができない、」と解すべきであり、控訴人のいうように、「土地所有者はヽヽヽヽヽ賃借権譲渡の承諾を拒絶することができない、」と解すべきではない、このことは第三条第二条第四条を通読すればおのずからめいりようである。したがつて本件賃借権の譲渡は借地たる控訴人と罹災建物の借家人たる坂本との間の契約により直ちにその効力を生じ、賃貸人承継者竹内にたいし第四条による譲受の通知がないからといつてなんらその効力に欠くるところがあるものではない。よつて控訴人のこの点の抗弁は失当である。
なお控訴人は本件賃借権の譲渡についてはその代金の授受及び賃借土地の引渡もいまだなかつたと主張するけれども、仮にそのとおりであるにしても、特定の土地の賃借権の譲渡契約はその契約自体により賃借権が相手方に移転するものであるから、控訴人は訴外坂本と賃借権の譲渡契約をすると同時にその権利を失つたものといわなくてはならない。
(二) 以上のとおりであるから、控訴人の本判決事実らん(二)の主張について判断するまでもなく控訴人は本件土地につきその主張のごとき賃借権を有しないものである。
よつて本件控訴はこれを棄却するものとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)